日本新劇俳優協会 創立50周年記念誌 [1958-2007] 掲載
僕の演劇原風景

新劇俳優協会に入れていただいてから20年以上になるのに、いまだに自分が新劇俳優なのか何なのかピンと来ないのです。

ここ20年ほど、僕は「ひとり芝居」で旅を続けて来ました。
一人で何十役かをつとめ、さまざまな古典芸能のオイシイところをいただいて演ずる芝居は「古典芸能トライアスロン」なんて呼ばれたりもしました。
ひょっとして「演劇」と呼べるしろものではないのかもしれません。
その間、いわゆる「新劇」の世界とは没交渉…いえ演劇の世界からはお呼びがかからなかっただけの話ですが…。


そういう旅の合間に東京へ帰って来て、いわゆる新劇を見てみると全く別ジャンルの芸能に出会ったような心地がしました。
いえ、自分のやっていることが新劇から遠く離れてしまったように思えて仕方がなかったのです。


実は僕の家は、九州の炭坑町の片隅で「キョウラクザ」という芝居小屋をやっていました。
そこが小さい頃の僕の遊び場でもありました。ですから僕の演劇の原風景は大衆演劇、いわゆるドサです。


今春、紀伊國屋ホールで『中西和久のエノケン』という出し物をやっていた時、楽屋にヒョッコリ、沢竜二さんが訪ねてこられました。
沢さんは、お母さんの「女沢正」の時代からのお付き合いです。沢さんの「ロカビリー剣法」はかっこよくって、今でも目に焼きついています。


出の前のほんの短いおしゃべりでしたが、懐かしい故郷の人に合ったようで…
どちらかというと僕はこちらのジャンルに親近感を覚えるのですが、あちらからはマッピラ御免の返事しか返ってこないでしょう。
沢竜二、美里英二、玄海竜二のような芝居は百年逆立ちしてもムリです。
浮き草稼業の役者ですから、ねぐらは何処でもいいのかもしれません。
自分は一体何ものなのか…。

自分探しの旅芝居はまだまだ続きそうです。
生みの親はドサかも知れませんが、育ての親はやっぱり新劇です。