芝居の広告を見た時から、「一体どんなドラマが？」という好奇心と「句集をもとにした劇が、どう展開するのか？」という不安から、私の心は波立った。

幕が上がると、舞台は終戦の日。姜�h東をモデルとした主人公（小山栄吉）は、故郷を出奔し、十四歳でリヤカーを引く無一物の腹ぺこの少年として登場。
舞台の左手では、どんどんと太鼓を叩く語り部が芝居を囃しつつ進行させる。
音楽劇の効果だろう、普段芝居を観ることのない私には、芝居へと引き込む郷愁の音・力強い音として、この太鼓が深く胸に響いた。

始まりは、十年程前、京楽座主宰の中西和久氏が、ある芝居の打ち上げで行ったスナックで、偶然、姜�h東句集『身世打鈴（シンセタリョン）』を眼にしたことがきっかけだった。
表紙の「燕帰る在日われは銭湯へ」から、「「恨」と「怨」玄界灘に雪が降る」の終句まで、句集自体が作者の自叙伝に思えたという。

芝居はその後、貧しいヒロポン売り、泥棒、血を売る人、娼婦等々、歌と踊りで賑やかに展開する。
「朝鮮人は正社員にはなれぬ」という言葉が、観客の心に重く訴える。

小山は、ラーメン屋台を引きつつ、大阪、東京と各地を巡りながら逞しく生き、「商才あり」の言葉通り企業家として成功してゆく。
小柄ながら、威風堂々とした演技で真摯な実業家を演じる中西氏には、さすがと喝采を送った。

後半のテーマは、日本人の妻との幸せな暮らしの中で、アイデンティティーに悩む小山の姿が描かれる。
韓国と日本の間に生きる在日の問題提起をしつつ芝居は終った。
在日のことをもう少々深めて欲しいとも思った。