46(1991年度)文化庁芸術祭賞受賞
1995年八戸市民劇場賞特別賞受賞
1999
年松本市民劇場賞最優秀俳優賞受賞
2008
年ロシア エカテリンブルグ国際演劇祭テアトラーリヌィ・セゾン賞受賞


安部晴明伝説

なぜ葛の葉は、最愛のわが子と別れ、夫 保名(やすな)と別れて信太の森へ帰っていったのか・・
歌舞伎「葛の葉子別れ」で知られる<信太妻伝説>のさまざまを渡り歩きながら
子別れに、そして安部晴明の出世譚に秘められた”夢”に迫るひとり芝居!!



  
狩で追われた狐を助けたために、命を狙われることになった安倍保名(あべのやすな)は、森でさ迷ううちに、葛の葉と名乗る美しい娘に助けられる。やがて二人は恋に落ち、子どもをさずかって幸せな生活を営むようになった。しかしこの葛の葉こそ、保名に助けられた狐の化身だったのである。
 ある日、庭の蘭菊に見とれていた葛の葉は、つい人間に化けていることを忘れて、真の姿をわが子童子丸に見られてしまう。もはや隠し通せぬと悟った葛の葉は、そばの障子に「恋しくば たづね来て見よ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉」の一首を書き残し、泣く泣く元の棲家へと帰って行く。
 数年後、保名は成長したわが子清明(童子丸)と都へのぼる。葛の葉から授かった超能力で帝の病を治した清明は、数々の奇跡をおこし、天文博士と召され、その栄華・栄光は末代まで栄える。しかし・・・。




「信田妻」(しのだづま)の物語は、もともとは民話の「狐女房」という異類婚姻譚に、安倍晴明伝説が結びついたもので、いわば中世の庶民が見た美しい幻想というべき物語である。歌舞伎・文楽の「芦屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)」をはじめ、説経浄瑠璃や瞽女(ごぜ)唄などに伝えられ、各地の人形芝居にも登場する。ことに歌舞伎の「葛の葉子別れの段」は有名で、繰り返し上演されるばかりか、落語やサーカスの重要な演目ともなっている。
 千年の時を越えて語り継がれてきた「信田妻伝説」が、現代のひとり芝居としてよみがえった。
<初演> 1989年10月25日 大阪・近鉄小劇場
・第四十六回文化庁芸術祭賞受賞・八戸市民劇場賞特別賞受賞・松本市民劇場賞最優秀俳優賞受賞




「しのだづま考」の原型は、1978年、前進座で初演した「しのだ妻」である。前進座には、その4年前に「さんしょう大夫」を書いている。いずれも説経節によっている。ともに香川良成氏の演出である。
 説経節については劇中でも語っているので説明ははぶくが、私のドラマ作りにとって、説経節との出会いは大きい。説経節は社会的メッセージとしての芸能の”源流”と言ってもよい。宗教と芸能の接点でもあり、ことば語りとした語りの接点でもある。
”ものがたり”の誕生について、説経節は実に多くのことを教えてくれる。一番大切なのは、主人公の運命を語ることが、おそらく演者自身を語ることになるという、構造の二重性である。そこから私は、演ずることの意味を考えた。
 その思いに導かれて、私は「しのだ妻」から「しのだづま考」へと歩んできた。それを可能にしたのが、役者中西和久との出会いである。彼の好奇心と演ずることへの執着がなければ、考えられなかった企画である。
  中西をかりたてているのは、先人が残した膨大な「しのだづま」の、あるいは「葛の葉」の遺産である。それらを生み出した底辺の民の情熱である。書き手の私にとっても、それは同様である。
  幸いにも芸術祭賞を頂いたが、それは私たち二人が頂いたのではなく、こうした無数の先人たちとともに頂いたのだ、と思っている。

ふじた あさや
劇作家・演出家。1934年東京生まれ。早稲田大学演劇科在学中に、戯曲『富士山麓』(福田善之合作)でデビュー。仮面劇場・三十人会をへて、現在、劇団えるむ・総合劇集団俳優館・音楽劇団歌座で脚本・演出を担当。
日本演出者協会元理事長。(社)日本劇団協議会理事。(社)日本芸能実演家団体協議会理事。日本劇作家協会理事。(社)日本演劇協会理事。日本児童青少年演劇劇団協同組合理事。アシテジ日本センター理事。
主な劇作品に『日本の教育1960』『ヒロシマについての涙について』『サンダカン八番娼館』『さんしょう大夫(斎田賞受賞)』、作演出作品に『現代の狂言』『ベッカンコおに』『しのだづま考(芸術祭賞受賞)』フォークオペラ『照手と小栗』等があり、演出作品にフォークオペラ『うたよみざる』等がある。また、ロシア・中国・韓国等との国際合作の経験があり、作品はドイツ、カナダ、ポーランドで上演されている。また、長野県飯田市で市民劇団を育成し、三重・岐阜の国民文化祭で地域劇団合同公演の演出をするなど、地域文化振興にも努めている。





 京楽座の「しのだづま考」。脚本と演出がふじたあさや。中西和久のひとり芝居である。日本の伝統的文化に取材するものであって、物凄いパワーだ。それに、技術が的確で、モノローグ演劇の新しい境地を開拓したと言い得る。冒頭、信太山盆踊りで始まるのだが、その際の細やかな指使いに引き込まれた。中西は、直ちに解説者となり、中世の説経節の説明を始める。パネルになった和泉市の地図を取り出し、「しのだづま」の伝説を紹介する。そして、それを実際に演じてみせるのだ。説経節であり、講談であり、浄瑠璃である。女形はもちろん、子役、善人、悪人を巧みに演じ分けて、観客を興奮させる。
 前半は、信太の森の白狐が葛の葉に化身し、安倍保名の妻となるが、真の姿を自分の子供に見破られてしまい、「恋しくば・・・・・・」の歌を残して、去っていく物語。これには続編があり、その子供が成長の上、安倍清明となって、超能力をもって宮中における地位を確保していく。実に痛快であり、パロディーも利いていて楽しい作品になっている。物語に深い共感を覚えた。
 説経節は講談や浄瑠璃の形に発展していくのだが、元来は僧侶が民衆に仏教の教えを説いたものであるとか。物語の前半、葛の葉が身を隠す際に、七年間に及ぶ家族との生活という執着に悩まされるが、「この世はかりそめのもの。執着してはならない」との哲学を説く。こういうところに説経節の原型が残っているのであろう。人間は、愛し、生きる現象的存在である。そして、この宇宙は愛に溢れている。こうしたことを考えさせてくれた中西和久はまさに天才である。(五月二九日、新宿・紀伊國屋ホール)

                       結城雅秀(評論家)   「テアトロ」2005年8月号 より


美術 西山 三郎 演出助手 栗谷川 洋
衣裳 中矢 恵子 舞台監督 猪股 孝之
振付 吾妻 徳彌 講談指導 神田 山陽
作曲・音楽監督 高橋 明邦 説経節指導 武蔵大掾
(二代目若松若太夫)
照明 坂本 義美 方言指導 大原 穣子
音響 鈴木 茂 地図デザイン おかめ家 ゆうこ 
衣裳染織 甲木 恵都子 制作 月島 文乃